いよいよ親知らず抜歯当日。正直、緊張して寝付けなかった。どれほどの痛みなのだろう。どんな音がするのだろう。それは恐怖でもあり興味でもある。
でも痛みは嫌いじゃない。生きていることを感じられるから。普段死んだように生きている僕にとってそれは願ってもない機会といえる。痛みを楽しむとしよう。
そういえば子供の頃よく親戚のおじちゃんに歯を抜かれてたな。糸をぐるりと巻いて思いっきり引っ張るというクラシックスタイル。麻酔もないから痛みがもろに伝わってくる。するっと一発で抜けないとこれまた激痛で。
歯を抜くということに対してあまり恐怖心が無いのはきっとこの経験のおかげだと思う。当時はもう悪魔にしか見えなかったけど、おじちゃんありがとう。
〜抜歯を終えて〜
歯医者に着くとCTを撮られて簡単な説明をされた後すぐに施術が始まった。席に着くと緊張は絶頂に達した。これはまずいぞ。
その無様な様子を察したのか、女性の歯科衛生士さんが緊張してる〜?とあくまでライトに聞いてきた。ただ一言「はい…」としか答えられなかった。すると今度は担当の先生が私も緊張してるよ〜などと軽口を言う。これでだいぶリラックスできた。
手早く麻酔がかけられて、みるみるうちに顔の右半分の感覚が鈍くなってゆく。初めての麻酔はマスカットの味がした。
「じゃあ上から抜きますね〜」
「ふぁい」
ガリガリキュッ。
「はーい終わりました」
「ふぇぇ?」
おそらく5分もかかってない。全くの無痛。
「じゃあ次は下抜きますね〜」
「ふぁい」
「メス、メスっと」
切開されたという感覚は全くない。それからキュイーンというあの絶望の福音が鳴り始めた。部位によっては少し痛みを感じたが一瞬のことでほぼ無痛と言ってよかった。程度的には虫歯が悪化した時のズキッとした痛みぐらい。
キュイーンが終わると今度はガリガリが始まった。かなりの力を加えられたがやはり痛みはない。それから何度かキュイーンになったけどもう痛みを感じることはなかった。
そろそろ口の中乾いてきちゃったなと思い始めた頃、はーい終わりましたよーと先生が言った。結局40分ほどで終わった。想像していたよりもはるかにあっけなかった。どうしてあれほど恐れていたのか皆目分からない。これなら20代のうちに抜いとくべきだった。
抜歯後の方が痛みはひどいですよと言っていたけれど果たして。ひとまずガーゼを強く噛み締めながら家路に着いた。その後1時間ほど噛み続けた。帰宅してからすぐに痛み止めを1錠飲んだ。
寝る間際になって少し痛み始めてきたがじきに収まった。