文章を書こうとするとつい考えすぎてしまうことが最近多い。するりと言葉が出てこない。書くことにも便秘があるらしい。コロナの後遺症とか老化現象とか理由は色々とこじ付けられるが、それでは一向に解決しない。
というわけで少しここでリハビリをしよう。とにかく思いつくままに書く。読み手は意識せず。ただ、自由に何を書いてもいいとなるとそれはかえって不自由だ。何かテーマがあるといい。うん、それなら「孤独」にしよう。では早速。
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僕らは皆孤独だ。孤独だからこそ誰かとつながりたいと願う。でもそうしてつながることで余計に孤独を味わう羽目になる。それは「人と人はどうやっても分かり合えない」という事実に気付いてしまうから。
そうなるともう逃げ場がない。唯一の解決策だと思っていたことがただの絶望でしかなかったとしたら、もはや
(ああ、だめだ。やっぱり言葉が出てこない。過去の自分ならここで何と書いただろう。結局こうやって過去にすがって今この瞬間を台無しにしてしまっている。たとえ過去の自分の方がずっと気の利いた文章を書けたにしても、その自分はもうここにはいない。状況、物事、人、あらゆるものが変わり続けている。それを進化とか退化とか勝手に判断しているのはあくまで心。実際にはそのどちらでもなく、全てはただ流れ続けているだけ)
たとえば自分しかいない世界に生まれたとする。何をするにも常に一人。そこに孤独という概念はない。だって自分しかいないのだから。
他人が孤独を生み、集団が孤独を忌む。逆に言えば他人がいなければ孤独もない。そんなあやふやなものに振り回され続ける人生はひどく虚しい。
他人は孤独を埋めない。絆創膏代わりにはなるかもしれない。でも貼り続けていたって良くはならない。治療は傷の程度を知ることから始まる。残念ながら孤独に効く薬は今のところまだないようだ。自力に任せるしかない。
もし孤独を感じたときはとことんそれについて考えてみるのもいい。ちょうど今の僕のように。もしかしたら一冊の本になるかもしれないし、同じような人とつながることだってあるかもしれない。
孤独をきっかけに他人とつながるなんて何とも皮肉でステーキな話だよね。