物欲では満たされないと学んでからはできる限り手放してきた。すると次第に生きる気力まで無くなってきてしまった。
どれほど物を手放しても物欲そのものは消えないことを知った。持たないことは確かに良いことかもしれない。しかし持たないと持てないでは全く意味合いが違う。
私は実際のところ持てないの方だったのだと思う。自分の収入では家や車を持つことが無理なのは分かっていた。ただ諦めるのは嫌だった。それを仏陀の教えに従うということでどうにか納得させたに過ぎない。
実際、お釈迦さんは王族の子として何不自由ない暮らしをしていた。その経験があったからこそすべては虚しいと悟れたわけで、もしそれが無かったらどうなっていただろうか。凡人の私はそんな経験など無論しているはずもなく、日々生きるのがやっとである。
どんなに良い事であっても自分自身が納得できていなければ、それはただ苦しみを生む原因にしかならないのだとようやく気付き始めた。