人生二回目の山登り。前回同様、Kが車で迎えに来てくれた。そして下調べについても全くしていないようだった。実に彼らしい「行き当たりばったり」精神である。iPhoneの地図アプリで道順をさっと調べていざ出発。到着予想時刻は10時半ごろ。思ったよりも早い。

 

しばし近況報告をする。そういえば2週間前くらいにKから電話があった。私はちょうど寝ようとしていたところですでに布団の中だった。携帯が鳴っていることには気付いていたが、あいにく手の届かない場所にあった。そして諦めた。

 

その日のことをKに聞くとどうやらあの日KはCと飲んでいたらしい。そこで私の話になり呼ぼうと思い電話をしたということだった。仮にその電話に出ていたとしても間違いなく断っていただろう。Kだってきっとそれを分かっていたはずだ。でも彼はその場のノリに流されて結局電話してしまうのだ。

 

あと、最近結婚したという地元の友人R男の家へ行ってきたという。R男の嫁N子とも会ったようだ。N子のことは私も知っている。5年前Kが開いてくれた飲み会で知り合った。その後2回ほどN子と二人で飲みに行ったこともあった。それ以上のことはなく自然と疎遠になった。

 

同じくKもそんな感じで何度か飲みに行ったりしていた。当時KはN子のことが気になっていた。だが飲みに行く以上の進展はなくどうしたものかと悩みを打ち明けられることもあった。フィリピンパブで。

 

その後Kが開いた飲み会でR男とN子は知り合うことになる。そのときKが諦めていたかは分からないが、間もなくR男とN子は急接近しセフレ状態になった。

 

KはよくR男と飲みに行っていて会うたびにN子とのことを聞かされていたらしい。Kからすれば決して面白いものではなかっただろう。だがR男に全く悪気はないのだ。なぜならKがN子のことを気になっていたということを知らなかったのだから。

 

やがてN子が妊娠して二人は結婚することになった。それに合わせて一軒家も買った。じきに子供も生まれた。そんな戦地へ彼は武器も持たずに向かった。だが結果的に彼は無傷で生還した。彼は自他共に認める無感情の男である。ゆえに感傷に浸ることはない。過去を憂うこともない。鈍感力こそ至高である。

 

特に渋滞もなく分倍河原の方までやってきた。到着予想時刻を見ると11時。あれ、伸びてない?まあでも大丈夫だろう。前回も確かそのぐらいだったはずだし。

 

しばらくすると八王子市に入った。遠くにはうっすら山が見える。のどかだ。高尾山口駅周辺はやはり人が多かった。でもそこまで混雑しているという感じでもない。平日9時台の電車ぐらいといったところ。外国人もちらほら見えた。

 

両側を木々に囲まれた峠道へ入る。木々が無くなり視界が開けたとき、そこには小さな家々が見えた。登っている感じは全くなかった。ただ平坦なくねくね道を走っていただけなのに気付けばこんなに高い場所まで来ていた。

 

もうしばらく進むと相模湖が見えてきた。いやーでっかい。山もいいけど湖や海もいいなあ。陣馬山登山口に着いたのは結局12時半ごろ。4時間もかかった。iPhoneの地図アプリ恐ろしや。

 

無料の専用駐車場は陣馬山登山口バス停からトンネルを抜けて600メートルほど進んだところにあった。右側は満車だったが、左側の2階建てのアパートがある方は空いていた。最初アパート用の駐車場と思ったが、陣馬山駐車場としっかり書かれてあった。荷物を持っていざ登山開始。それにしてもお腹空いたなあ。

 

今回は一ノ尾尾根ルートから登ることにした。アスファルトで舗装されたやや傾斜のきつい坂道を登ってゆく。両側には民家が立ち並んでいる。近くにはクマ出没注意という標識。ここに暮らしたらすごいたくましくなりそう。民家を抜けると一ノ尾尾根の入口が現れた。頂上までは約4キロ。

 

序盤はなだらかな林道が続く。人一人通れるくらいの幅。1列になって進む。次第に空気がひんやりとしてくる。しばらく進むとまき道に変わる。石段も現れる。傾斜も少しきつくなってきた。段々と息が上がり始めてきて会話も絶え絶えになる。

 

まき道を抜けると今度は一直線の道がひたすら続く。両側は急斜面。一歩足を踏み外せばきっと助からないだろう。そんな考えがふと頭をよぎり、高所恐怖症の私は思わず足がすくむ。2キロ地点で休憩スペースがあった。人はまあまあいた。

 

あと残り半分だ。引き続き真っ直ぐの坂道を進む。途中でまたも石段が出てくる。息は完全に上がっているが前回よりは疲れにくくなっている気がする。

 

このあたりから下山者とすれ違うことが多くなってきた。律儀にこんにちはと声をかけてくれる方もいた。もはや言葉を発する余裕さえない私は、お願いだから無視してくださいと心の中で祈るのだった。

 

Kが時計を見てまだ登ってから1時間も経ってないんだねなどと呑気に言う。もうすぐ着くだろうなどと思っていた私はそれを聞いて愕然とする。そしてKに次からは心の中でつぶやいてくれるようそっとお願いする。

 

しばらく歩くと階段が現れた。頂上までひたすらそれが続いた。最後の最後でこんなものを用意してくれるなんて陣馬さんはよほどいじわるだなと思った。段々と足が上がらなくなってくる。

 

大山での苦い記憶が蘇る。本当にきつい。でもどうにか前へ進むことはできる。心もまだ完全には折れていない。一歩一歩ゆっくりと進む。そしてついに山頂に着いた。これまでに経験したことのない達成感がそこにはあった。

 

茶屋で早速昼食を取った。私は陣馬そばでKは陣馬うどん。とても優しい味。体の芯から温まる。疲れが徐々に癒されてゆく。登れてよかった。心からそう思った。食べ終わってから写真を撮ったり横になったりして思い思いに過ごした。

だがあまりゆっくりもしていられない。ライトを持ってきていないので暗くなる前に降りる必要がある。茶屋の人に尋ねるとこの時間なら栃谷尾根からさくっと降りた方がいいとのこと。

 

当初私は奈良子尾根から降りるつもりでいた。試しにそれも聞いてみると、一番時間のかかるルートらしく今からだと全くおすすめできないということだった。危なかった。迷ったときはやはり現地の方に聞くのが一番。

 

肝心の栃谷尾根ルートは白馬の像の先にあった。そこから階段を降りると道が二手に分かれる。それを右に曲がる。するとまた二手に分かれる。それも右に曲がる。うっかり左に曲がると景信山の方へ行ってしまう。つまり縦走コースとなりいつまで経っても降りられない。

 

下山するのは今回が初めてだったが登るよりも断然楽だった。まず足を上げる必要がない。そして勝手に前へと進んでくれる。Kは途中から小走りになっていた。

 

私も気付けば自然と小走りになっていた。逆に勢いを止めてしまうとつま先にかなりの負担がかかってくる。巻き爪の私には会心の一撃がずっと続くようなものだ。

 

Kは小走りしていて気分が高まってしまったのか次第に笑い出した。それを見た私も何だかおかしくなって笑ってしまった。かくして私たちは笑いながら小走りで山の中を駆け下りていった。

 

彼はどんどん先に行ってしまってついには見えなくなった。途中で少し道に迷った私は心細くなってKの名を呼んだ。返事はなかった。ただ葉の揺れる音だけが聞こえた。それから道を見つけて進んでいくとKがいた。ほっとした。

 

登山口まで戻ってきたときには16時半を回っていた。降り始めたのは15時ごろなので1時間半ほどかかったことになる。駐車場まで来た頃にはもうすっかり暗くなっていた。一服をして帰路についた。

 

帰りはナビの予想どおり19時半に着いた。駐車場に車を停めたあと歩いて今晩の飯処「牛王」へと向かった。疲れた後のタン塩は格別である。遊戯王やスーファミの話で盛り上がる。おっさん丸出し。

 

店を出ると、珍しくKがそこの公園でちょっとコーヒーでも飲んでいかない?と提案してきた。おやおや青春ですねなどと茶化しつつその誘いに応じる。すぐそばの自販機で買った缶コーヒーを飲みながら色々と話した。彼女欲しくないの?から始まりキャンプの計画やこれからのことなど本当に色々と。

 

帰りがけに「あそこにファミマあるじゃん?」とKが切り出す。「俺ずっとあれローソンだと思ってたんだよ。で、この前パン買おうと思って見てたら袋にファミマベーカリーって書いてあってさ。それでここファミマなんだ、って」

 

私は呆気に取られてしまった。そうなんだ。彼はそういうことを平然と言ってしまう人なんだ。そんなこんなでKと別れた。