昨日の続き。

 

まったく寝付けないまま気付けば朝になっていた。昨晩私が布団に入った後もKはテレビを見続けていた。しばらく経っても音量を下げるような気配はなく、耐えかねてこちからお願いした。

 

勝手に期待した私が悪いのはもちろん分かっている。でももう少しぐらい気遣いがあってもいいのにとは思う。じゃないとこちらがずっと我慢する羽目になる。それはしんどい。

 

起き上がってみると、Kは朝風呂に入ったあとソファで寝入っているようだった。外を見ると予報通り雨が降っていた。しかも結構な勢いで。

 

まずはブックティーベッドで朝食を取ることにした。モーニングのハムチーズとアイスティーのセット。特別美味いということもなく、いたって普通の味。ちなみに観光協会のグルメガイドに掲載されていた明日葉ペッパーランチはすでにもう提供していないとのことだった。今後同じような思いをする人が現れないよう、お節介を承知でその旨ふんわりと観光協会の職員にご報告させていただいた。

 

帰りの便の時間を変更するため、元町港の窓口へ向かうがまだ開いていなかった。元々は16時40分発の便を予約していたが、この分だとどうも持て余してしまうような気がした。ひとまず手続きは後回しにするとして、本日のメインイベント「左回りで島一周ツアー」を始めることにした。

 

最初にお目見えしたのはミルクレープのような地層切断面。エクセルシオールカフェがぱっと思い浮かんだ。美味そう。周りを見ると観光客らしき人はいなかった。

次に着いたのが波浮港。これで「はぶみなと」と読むらしい。レトロな通りがあるとネットでは紹介されていたが、実際に行ってみると民家の建ち並ぶいたって普通の通りだった。特に店も見当たらず散策という感じでもない。控えめに言ってがっかり。

 

ガイドに載っていた島京梵天でたい焼きを食べることにした。が、行ってみるとまだ準備中だった。R&Bがわりと大音量で流れていてシュールだった。このペースでぽんぽん進んでいったらたぶん1日持たないなと思った。そこでこのあたりを散歩してみようかとKに提案すると「先に車に戻ってるよ」との返事。

 

もちろん予想はしていた。Kはノープランを楽しめないタイプの人間だ。ザ・昭和の男というべきか。こういうところが親父にそっくりで時々げんなりしてしまう。私は逆にそういうプラン通りというのがあまり好きではない。もちろん大まかには決めるが、途中は全てアドリブが良い。まさに水とアブラカダブーラ。

 

ぷらぷら歩いていると階段を見つけた。先ほどのレトロな通りまでつながっているらしい。途中まで降りて引き返した。わりと大きなカタツムリが道をのそのそと歩いていた。道の色と似ていたので危うく踏みそうになった。似たり寄ったりな通りばかりで深入りすると完全に迷子になりそうだ。所々に文学の散歩道の案内を見かけたがついに分からなかった。

車に戻り再び一周道路を進む。次に見えてきたのは筆島。駐車場があって階段で降りられるようになっていた。トイレとしか書かれていないので果たして砂浜の方へつながっているかは分からない。せっかくだしということで降りてみることにした。すると下にも駐車場があって砂浜へ降りられるようにもなっていた。良かった良かった。

一歩進むごとにフナ虫が示し合わせたかのようにサーっと散ってゆき、足の周りには直径50センチほどの空白ができた。それぐらいフナ虫で溢れていた。正直ちょっと引いた。目はクリっとしてて可愛いけれどフォルムがあれっぽくてどうも。

 

筆島を過ぎると山道になった。遠目に霧が見えた。道中、自転車を漕ぐ人や歩く人もいた。女性一人で歩いているのを見かけたときはさすがに驚いた。嫁にするならやっぱり、こうして山道をぐんぐん進んでいくような人がいい。

 

霧は次第に濃くなっていってついには完全に視界が遮られてしまった。冗談抜きで映画のミストそのものだった。最初は面白がってヘラヘラしていたKもそのうち真面目な顔つきになった。笑い事ではないと気付いたのだろう。それを見て私も黙ってしまった。さっき歩いていた女性もここを通るんだよなー。どうか無事でありますように。

30分ぐらいは走っただろうか。ようやくふもとまで降りてこられた。しばらくして泉津に着いた。ここでは泉津の切通し波治加麻神社へ寄った。やはり案内は出ておらずしばらく迷った。観光客はぱらぱらといた。

 

切通しは圧巻だった。その映像を脳はしばらく理解できていないようだった。でも残念ながら撮影には失敗。波治加麻神社は立ち入ると空気がより一層ひんやりとしていた。不思議な感じ。

13時過ぎに岡田港へ到着。今日は岡田港発着だったらしい。受付で便の変更をお願いすると手数料がかかると言われしばし悩む。結局は11時40分発の便に振り替えてもらった。浜のかあちゃんめしで昼食。Kはそぼろ丼、私はカツ丼を注文。

 

お互いに肉だと思っていたので一口食べて「あれ?」とすぐ異変に気付く。そぼろもカツも正体は魚だった。港の真ん前にある食堂なのだから当然といえば当然か。でも美味かった。

 

食べ終わるとおばさまが「あら~、綺麗に食べたわね」と褒めてくれた。飲食店においては本当に気さくな方が多い。癒される。色々疲れたなあという方はぜひ伊豆大島への一人旅をおすすめする。きっとみるみるうちに充電されるはず。

 

食べ終えて車に戻る途中、Kは少し休みたいと言った。霧の中での運転がよほど堪えたのかもしれない。このとき、夢中で霧中を走るというダジャレを思いついたがもちろん黙っておいた。

 

ふと前を見ると、小さな犬がこちらに向かって走ってくるのに気付いた。その後ろには飼い主らしき小太りのおばさんが小走りで駆けてきていた。ひとまず犬の行く手を遮った。するとおばさんがひーひー言いながら「ありがとうね。車のドア開けたら急に飛び出していっちゃって」と笑う。実にゆるい。

 

Kがシエスタしている間、カメラを持ってあたりを散策することにした。すぐ近くに日の出浜という砂浜があった。といっても小児向けのとても小さな砂浜だったが。母と娘の一組が砂遊びをしていた。それ以外に訪問客はいない。

 

それから先ほどの食堂の前を抜けてわき道へ入った。都会的な小洒落たカフェがあった。キンドルも持ってくれば良かった。

カフェを通り過ぎると首輪のついた猫がいた。直線的に近づいたら一瞬で警戒態勢になった。視線をずらして今度はゆっくりと大回りしながら近づいた。するとこちらに近づいてきて「どうぞ。お好きに撮ってちょうだい」と言わんばかりにべたっと横になった。何枚か撮らせていただきその場を後にした。別れる頃になって「にゃーん」と甘え始めてくるもんだから本当にいじらしい。このニャンデレめ。

埠頭近くの階段に腰掛けて釣り人や水平線を眺めた。午前の土砂降りが嘘のように今ではすっかり晴れ渡っている。燦々と照り付ける太陽、肌にまとわりつく潮風、もう完璧に夏気分。ここで暮らすことを想像してみたら、そこには何一つストレスがなかった。でもやっぱり火山は恐いなあ。

車に戻るとKはすでに目覚めていた。ぶらっとハウスでソフトクリームを食べてから元町港へ帰ることにした。道中、大島空港が左手に見えてきた。フェンスに囲まれている様はさながら沖縄の米軍基地のようだった。民家もなくのどかな原風景が広がるばかり。牧歌的。

 

牛たちがのんびりと草を食んでいた。近くで見るとでかい。しかも平気でクソを垂れ流す。ソフトクリームはミルク感がありながらもさっぱりとしていた。口に残らずさっと溶けてゆくような感じ。胃がキャッキャウフフとしていた。

 

一周道路を戻りようやく元町港に帰還。ガソリンを入れてからホテルへ戻った。結構走った気がしたけれど満タンで1,400円ほどだった。時刻は15時10分前。部屋に着いてほっと一息。Kはもう一眠りするらしい。

 

私は火山博物館弘法浜へ行くことにした。でもその前にカメラのバッテリーを充電する必要があった。私の使っているDP2xはフル充電でもおそらく100枚も撮れない。ただ画質はすこぶるいい。そのとがった感じがたまらない。

 

30分ほど充電してから意気揚々とホテルを出た。火山博物館までは徒歩15分ほど。少し歩いただけで全身の毛穴から汗が噴き出してくる。帽子を被ってきておいて正解だった。

 

大島一周道路沿いに歩くと火山博物館前のバス停が見えてきた。左手に緩やかな坂道があって、その先に階段が続く。これはご高齢の方は大変だろうななどと思いつつ一段ずつ登ってゆく。意外ときつい。振り返ると海が広がっていた。新海誠のヴィジュアルにありそうな画。

 

館内に入るとすぐ左手に受付があってスタッフが2名立っていた。右手には映像ホール。先客はいない。どうやら2階もあるらしい。気兼ねなくゆっくりと見始める。1986年に噴火した時の映像が流れていた。避難命令が出ている中、懸命に状況を伝えるリポーターのプロ根性に脱帽した。

 

2階は世界の火山についての展示だった。溶岩の現物もあった。日本地図を見ると本当に火山大国であることがよく分かる。この島はきっと住むべき場所ではなかったのだろう。半分ぐらい進んだところでやっと後続客が現れた。2人組の若い男性。展示物よりも図や説明の方が多く、出る頃には頭がぐったりとしてしまった。

弘法浜へは5分ほどで着いた。真っ黒の砂浜。人っ子一人いない。ベンチらしきものもない。間隔の広い階段があったのでそこに座ることにした。少し日が暮れてきたとはいえまだまだ暑い。夕暮れまで待っていたらこんがり焼けてしまいそう。どこかで時間を潰してからまた戻ってくることにした。

 

港の方まで行くと外壁がピンクのど派手なカフェを見つけた。営業は終わっていた。その近くに観光カフェももももなるものを見つけた。階段を上がっていくらしい。愉快な話し声が聞こえる。店内の様子が見れないのは恐怖だ。いざ上がってみて思っていたのと違ったらどうしよう。断るのも何だか申し訳ないしな。などと考えあぐねた結果、行くことにした。旅らしいことをしてみようと思った。

 

地元民らしい年配の4人組と中年ぐらいの2人組の男性客がいた。2人組の男性のうちの1人がいらっしゃいと話しかけてきた。どうやら店主らしい。アイスコーヒーを注文。しばらくして2人組の男性客のうちの1人が帰っていった。すると店主がソファ席に座ったら~?とまた話しかけてきた。随分とフランクだ。じゃあお言葉に甘えてと席を移る。すると店主が向かいに座った。

 

どこから来たの?とか何やってる人?とか、あとは自分の身の上話をし始めた。店主はイラストレーターで杉並区と大島を行ったり来たりしているらしい。徹底したアナログ志向でスマホやパソコンなどの類は一切持たないという。そのおかげで仕事もどんどん減っちゃってねと笑う。

 

この感じどこか心当たりがあるなと思っていたら、スマホ相談所の隣で古本屋をやっていたSさんだった。結局、私はこうして新しい人に出会っても自然と聞き役になってしまう。これはもう運命なのだろう。

 

なみなみ注がれたアイスコーヒーとサービスのシフォンケーキやお菓子をいただき店を後にした。これで500円は安すぎると思う。外に出ると風がひんやりとしていた。しばらく夕暮れを見つめながらぼんやりとしていた。

Kから電話があった。「今外で飯食べてるんで」とKが一言。え?と思ったが了解と言って電話を切った。しばらくしたら何だか腹が痛くなってきた。さっき食べたシフォンケーキが当たったのだろうか。いやまさか。急遽引き上げて小走りでホテルへ戻った。

 

Kが戻ってきたのは20時ごろだった。きっと一人で夕飯を食べてくるのだろうと思っていたらしい。Kの中で私はどれほどわがままで身勝手なやつなのだろうか。確かにホテルを出るとき何も言わなかった私も悪い。それは認める。でもさすがにそんなことはしない。この一言をきっかけに真剣重大しゃべり場が始まった。

 

Kはいつも言葉が足りず、私はいつもすぐに決めつける。Kとしては余計なことを言って争いたくない、私としては気付いたことは指摘して欲しいし逆にそうしたい。Kにとって私は会社の同僚や他の友人と同じ扱いなのだという。私にとってKは他の関係よりも一段上だ。

 

こんな風にもともとから考え方が違う。それでも言って良かった。でないと帰ってからもずっとこの嫌な気分を味わう羽目になっていたはずだから。たぶん2時間近くは話したと思う。きっと正確に伝わったのは1割程度でしかないだろう。それでもいい。とにかくすっきりはできた。

 

こうして怒涛の2日目が終わった。

 

明日へ続く。