6. 月:

庭で作業をしていたら隣の小山さんが声を掛けてきた。話したのは一体いつぶりだろう。この機会に再びまぐわを借りる。

 

そのあと傳田さんとも会う。ラッカセイをいただく。ついつい世話を焼いてしまう方なんだろうと思う。あの叔母のように。悪気はないのだから不快に思うことはない。

 

引きこもり同然の生活をしていて、近所の方々にどう思われてるんだろうとふと心配になった。いや、大丈夫。他人はそこまで気にしていない。考え過ぎるのはよそう。

 

力也くんから実に6年ぶりの連絡。仕事の相談。覚えていてくれたことが嬉しい。ふとエナに振ることを思いつく。でも本当はこなせるか自信がなかっただけ。

 

9. 木:

庭の畝作り再開。丸型のガラス保存容器でケーキを焼く。あまり膨らまず。

 

田畑さんから仕事の話。こう立て続けに仕事の話が舞い込んでくるのは何かのメッセージなのだろうか、と勘繰るのはただの悪癖。単なる偶然。深い意味なんてない。返事はまた明日にでも。

 

夜、山ちゃんからコーヒーのお誘い。明日のボランティアのことを考えて断る。あの時間に帰ってきたらきっと起きられない。

 

こうして見てみると、自分のことを優先させてばかりだなぁと。それでいて他人に振り回されてると常日頃思っているのだから始末に負えない。実際はトントンだ。自分がエゴイストだともっと自覚しよう。

 

10. 金:

いつものボランティアへ。厚紙でカバーを作った。立体的なものを作るのがどうにも苦手だ。想像が及ばない。パソコンばかり見ているせいだろうか。結局今日はその作業だけで終わった。

 

田畑さんからの仕事の話はウェブ制作ではなく、教習所の指導員をやってみないかということだった。なかなか経験できないことだしとても興味を持った。が、繁忙期は週6勤務とか、筆記と実技の試験に合格しないといけないとか、詳細を知るうちに段々とやる気が削がれてしまった。

 

いっつもこうだ。事前に情報を知り過ぎると脳内シミュレーションが先走りしてそこで完結してしまう。よく知らないまま飛び込む方が自分には合っている。電話を切った後、失敗したなとただただ思った。1週間猶予をいただいたけど果たしてどうなることだろう。

 

インスタの広告で京都芸大の通信制のことを知った。この歳で一から何かを学んでみるのも面白いかもしれないと思った。絵が上手く描けるようになったら世界が広がるだろうな。例えば旅の思い出を絵に残して、現地でお世話になった人に贈るとか。そういうドラマ見たことあるような。

 

学費も思ったより高くなかったし地理的にも問題ない。あとは学部選びと勢いのみ。もう少しだけ調べてみよう。

 

11. 土:

散歩がてら熊野マルシェへ。あいにくの小雨だったけど、会場にはまあまあの人だかりがあった。米粉蒸しパン、焼き鳥、おにぎりセットと塩唐揚げを買う。

 

山ちゃんのブースへ寄るとイカゲームの仮装で出迎えてくれた。おにぎりを差し入れ、塩唐揚げを半分ずつ食べる。今日は朝5時から準備を始めたらしい。確かに言われてみると少し眠たそうだった。

 

20分ほど話し目当ての焼き鳥を片手に家路に着く。自販機でメロンソーダを買う。数年ぶりに食べた焼き鳥はとても美味かった。ようやくネギマを食べられるようになって、少し大人になった気分だった。

 

その後たかやと3ヶ月ぶりの電話。近況やその他様々なことについてあれこれと話す。うーん、何だろう。なんとなくぎこちなさを感じた。

 

本当はもっとくだらなくて何のためにもならないようなことをぐだぐだ話したいのに、つい意義のあるような話題を探してしまって無言になる。ポッドキャストに上げることを意識し過ぎているのかもしれない。ストレス発散のための行為が逆にストレスの素になっているという皮肉。

 

それから頭を空っぽにして延々とバラエティ番組を見た。こういう時間も時には必要だなと思った。誰かのどうでもいい話を聞いていると妙にほっとする。

 

13. 日:

電車に乗って熊野古道センターへ。電車に乗るのは去年の4月以来。乗客はほとんどなかったけどちょっと緊張した。一人ひとりの身なりや荷物を観察しながら「どこから来てどこへ行くのか。目的は何か」と空想して遊んだ。

 

三木里駅で花柄ワンピースを着たフランス人形のような美女が乗ってきた。思わず見入ってしまった。でもこれっきりもう二度と会うことはない。明日になればきっと忘れている。その現実が嫌に悲しかった。

 

世界には何十億もの人間がいるけど、出会えるのはごくわずか。仮に出会えたとしても、自分から行動を起こさなければつながることもない。そう考えると今あるつながりがまるで奇跡のように思えてくる。

 

最寄駅の大曽根浦駅で降りるともわっとしたしかし暑い。まるで夏。石畳を上ると芝生の広がる何とも解放感に溢れた光景が目に飛び込んできた。横浜美術館前の広場を一瞬思いだした。

 

常設と企画をじっくりと見て回った。とても懐かしい感覚になった。近くに喫茶店はなくてホームで「こころ」を読みながら電車を待った。祝日でありながら客はやっぱりまばらで、熊野市駅で高校生がババっと乗り込んでくるようなこともなかった。身構えていた自分がちょっと滑稽に思えた。

 

30. 木:

庭の畝がようやくすべて完成。

 

31. 金:

モルック体験。ヤンチャそうな男性グループがいて思わずビビる。人を外見で判断する癖はまだ抜けない。

 

中学時代のヤンキーたちを重ね見ているのかもしれないと気付いた。彼らは真面目にやっている人を嘲るところがあった。その様子を端から見て、自分は笑われないようにと必死に取り繕っていた。

 

彼らに似た人を見るとその感じが自動的に出てきてしまう。人目を気にするのもそこに原因があるような気がする。でも他人を見下すという点では、今の僕は彼らと何ら変わらない。ということは当時の彼らもきっと不安を抱えていたのかもしれない。そう気付いた瞬間、当時の彼らも今の自分も許してあげようと素直に思えた。

 

夜は山ちゃんと久々にコメダへ。ずっと気になっていた鼻を抑える癖についてようやく切り出すことができた。言いようのないスッキリ感。溜め込むことは良くないと改めて学んだ。