前回から続く。

 

ケーブルカーまでの坂道もなかなかにきつかった。乗り場に着く頃にはほとんど息が上がっていた。日頃どれほど運動不足かを思い知った。というかこれ本当に登り切れるのだろうか。そんな一抹の不安が頭をよぎる。

 

今回、ケーブルカーを使わずに登ると決めていたので乗り場とは反対の道へと進む。が、これが地獄への道になろうとはこの時はまだ知る由もない。

 

木漏れ日。川のせせらぎ。鳥たちの歌声。澄み切った空気。緩やかな坂道。程よい疲れ。ああ、なんて素晴らしいのだろう。全くもってノーストレス。日頃の悩みもここでは一切意味をなさない。人間らしさが取り戻されてゆく。そんな感覚。浄化もとい純化。

 

目の前を歩くおばちゃん2人組が男坂へ進む。それを見たKが男坂でも大丈夫なんじゃないと言う。私は速攻で否定する。途中でやっぱりだめでしたなんてことになったら悲惨だ。そうなっても自力で降りてこなければいけないのだから。

 

そんなわけでKには申し訳ないと思いつつも何とか説き伏せて女坂へ。次第に道が険しくなってくる。これはきつい。女坂の七不思議を読む余裕さえない。ああ、マスクを外したい。

 

途中で古びた寺があったので少し休憩。Kは無邪気に写真を撮っていた。この体力差はいったいなんなんだ。え、私の体力低すぎ?状態。

 

気を取り直してまた石段を登る。さらに段差が大きくなる。膝が震え腿は上がらない。息も絶え絶え。まるで重力ルームにいるかのように全身が重い。手すりにつかまらなければ後ろにひっくり返ってしまいそう。

 

まだスタート地点にさえたどり着けていないのにもうHPはゼロに近い。こんなに体力がなかったなんて。最初からケーブルカーで登っておけば良かった。

 

阿夫利神社に着くころにはもうすっかりHPは空になった。石段の脇にべたっと座り込み麦茶をがぶ飲みする。するとKがソフトクリーム食べる?と聞いてくる。

 

ソフトクリーム。なんて甘美な響きなのだろう。至急持ってきてくれたまえ。などとはもちろん言わず一緒に売店へ買いに行く。もしかしたらソフトクリームで全回復しちゃうかもしれないと期待しつつ、プレおじさん2人無心でペロペロする。

 

いやーめちゃくちゃ美味い。ああもうこれでいいやと逆に思ってしまった。とりあえず阿夫利神社の境内への階段を上ることにした。大きな空と小さくなった市街地が見えた。

ついに登山口へ向かう。傾斜のきつい石段を見た瞬間、私の心は完全に砕け散った。Kにただ一言謝った。本当にふがいなかったがどうしても登り切れる自信がなかった。登山口まで来て下山するという全く前代未聞の珍事にKも動揺を隠しきれない様子だった。

 

しばらくしてKは「じゃあ俺も降りるよ」と言ってくれた。でも彼の体力的には全然登り切れるはずだ。なので「私のことは気にせず山頂まで行ってほしい」と伝えた。ここから別行動になった。別れた後しばらく境内のベンチに座りぼーっとしていた。

 

山に登れば少しは自信になるかもと思っていた。だがこうして挫折してさらに自信を失う羽目になってしまった。笑ってしまうほど実に私らしい。本当に期待を裏切らない。

 

確かに今は悔しいし情けない。でもいずれこれも笑い話のネタとなるだろう。失敗した思い出は何よりも思い出深いもの。Kが今後事あるごとにいじってくるのも容易に想像がつく。他人の失敗談ほど面白いものはないのだから。

 

でもそうやって笑ってくれることが実は救いにもなっている。逆に気を遣われたら私も笑えなくなってしまうし、何とも歯切れが悪い。そもそも、これまでの人生も失敗だらけだったので人生自体がネタとも言えるかもしれない。

 

境内で待っていようとも思ったが、持て余してしまったので結局ケーブルカーで降りることにした。あれほど苦労して登った山道をたった数分で降り切ってしまった。なんだかなあ。

土産屋で黒蜜きなこ餅を買った。豆腐クランチも美味しそうだった。土産屋を通り抜けるとナッツ類を売る陽気なおばちゃんがいた。色々と試食させてもらいくるみを1袋買った。

 

駐車場まで戻ってきた。全身から汗が噴き出している。頭からもだらだら垂れてくる。ひとまず観光案内所で教えてもらった入浴施設へ向かうことにした。

 

道中、大山つけ麺と書かれた店を見つける。風呂上がりにつけ麺をズルズル。想像しただけで昇天してしまいそうになった。入浴施設はちょうどその隣にあった。露天風呂で先客もおらずゆったりと寛ぐことができた。

 

上を向くと木々が見える。鳥や虫の鳴き声が聞こえる。ちょっと腰を浮かせておもむろにぽこちんを水面に出してみる。ひょっこりひょうたん島などとつぶやきながら。まさに至福。本当に天国へ来てしまったのかもしれないと思わせるほどに。

 

風呂から上がって携帯を確認するとKから2件着信が来ていた。折り返すと登山口まで戻ってきたとのこと。で、姿が見当たらないので今女坂を下っている最中だという。

 

確かに連絡もせずここまで降りてきてしまっていた。Kの方はまだ時間がかかりそうだということで、気になっていた大山つけ麺をいただくことにした。

 

電話を切った後さっそく店内へ入った。2階はどうやら美術館になっているようだった。気になったので覗いてみることにした。懐かしい感覚。コロナが流行る前は毎週のように美術館へ足を運んでいたなあ。

 

ゆるやかな時間が流れる。漢字で表すなら凛。しまりんの冷めた表情が頭に浮かんだ。見終えて1階の大山つけ麺屋へ。席について大山つけ麺にいるとKにメールを送った。思いっきり抜け駆けだったが、目の前の欲望にはどうしても勝てなかった。ラーメン、つけ麺、ごめん。

 

10分ほど待ちついにつけ麺がやってきた。ツルっとした麺に歯ごたえのあるチャーシューが3枚。それに大山豆腐が付いてきた。

 

緑色のソースがかかっていて本能的にだめかと思ったが、一口舐めてみると全然いけた。まろやかなゴマ風味といった感じで豆腐との相性が抜群だった。無心で一気に平らげた。

 

会計を終えて、携帯を確認するとKからまた着信が1件来ていた。折り返すと今大山つけ麺の前にいるとのこと。そして振り返るとそこにKがいた。

 

Kは苦笑いしながら本当に振り回してくれるねえと一言。ぐうの音も出なかった。ただただ平謝り。そんなこんなで駐車場まで戻り帰路へ着いた。

 

次回へ続く