ついに登山口へ向かう。傾斜のきつい石段を見た瞬間、私の心は完全に砕け散った。Kにただ一言謝った。本当にふがいなかったがどうしても登り切れる自信がなかった。登山口まで来て下山するという全く前代未聞の珍事にKも動揺を隠しきれない様子だった。
しばらくしてKは「じゃあ俺も降りるよ」と言ってくれた。でも彼の体力的には全然登り切れるはずだ。なので「私のことは気にせず山頂まで行ってほしい」と伝えた。ここから別行動になった。別れた後しばらく境内のベンチに座りぼーっとしていた。
山に登れば少しは自信になるかもと思っていた。だがこうして挫折してさらに自信を失う羽目になってしまった。笑ってしまうほど実に私らしい。本当に期待を裏切らない。
確かに今は悔しいし情けない。でもいずれこれも笑い話のネタとなるだろう。失敗した思い出は何よりも思い出深いもの。Kが今後事あるごとにいじってくるのも容易に想像がつく。他人の失敗談ほど面白いものはないのだから。
でもそうやって笑ってくれることが実は救いにもなっている。逆に気を遣われたら私も笑えなくなってしまうし、何とも歯切れが悪い。そもそも、これまでの人生も失敗だらけだったので人生自体がネタとも言えるかもしれない。
境内で待っていようとも思ったが、持て余してしまったので結局ケーブルカーで降りることにした。あれほど苦労して登った山道をたった数分で降り切ってしまった。なんだかなあ。
土産屋で黒蜜きなこ餅を買った。豆腐クランチも美味しそうだった。土産屋を通り抜けるとナッツ類を売る陽気なおばちゃんがいた。色々と試食させてもらいくるみを1袋買った。
駐車場まで戻ってきた。全身から汗が噴き出している。頭からもだらだら垂れてくる。ひとまず観光案内所で教えてもらった入浴施設へ向かうことにした。
道中、大山つけ麺と書かれた店を見つける。風呂上がりにつけ麺をズルズル。想像しただけで昇天してしまいそうになった。入浴施設はちょうどその隣にあった。露天風呂で先客もおらずゆったりと寛ぐことができた。
上を向くと木々が見える。鳥や虫の鳴き声が聞こえる。ちょっと腰を浮かせておもむろにぽこちんを水面に出してみる。ひょっこりひょうたん島などとつぶやきながら。まさに至福。本当に天国へ来てしまったのかもしれないと思わせるほどに。
風呂から上がって携帯を確認するとKから2件着信が来ていた。折り返すと登山口まで戻ってきたとのこと。で、姿が見当たらないので今女坂を下っている最中だという。
確かに連絡もせずここまで降りてきてしまっていた。Kの方はまだ時間がかかりそうだということで、気になっていた大山つけ麺をいただくことにした。
電話を切った後さっそく店内へ入った。2階はどうやら美術館になっているようだった。気になったので覗いてみることにした。懐かしい感覚。コロナが流行る前は毎週のように美術館へ足を運んでいたなあ。
ゆるやかな時間が流れる。漢字で表すなら凛。しまりんの冷めた表情が頭に浮かんだ。見終えて1階の大山つけ麺屋へ。席について大山つけ麺にいるとKにメールを送った。思いっきり抜け駆けだったが、目の前の欲望にはどうしても勝てなかった。ラーメン、つけ麺、ごめん。
10分ほど待ちついにつけ麺がやってきた。ツルっとした麺に歯ごたえのあるチャーシューが3枚。それに大山豆腐が付いてきた。
緑色のソースがかかっていて本能的にだめかと思ったが、一口舐めてみると全然いけた。まろやかなゴマ風味といった感じで豆腐との相性が抜群だった。無心で一気に平らげた。
会計を終えて、携帯を確認するとKからまた着信が1件来ていた。折り返すと今大山つけ麺の前にいるとのこと。そして振り返るとそこにKがいた。
Kは苦笑いしながら本当に振り回してくれるねえと一言。ぐうの音も出なかった。ただただ平謝り。そんなこんなで駐車場まで戻り帰路へ着いた。
次回へ続く