仮に君がその人の行動を見て賢者ではないと判断したとしたら、それは君の中に賢者とはこうあるべきという妄想があったからということになる。

 

実際、ニサルガダッタは目覚めた後も煙草を吸い続けた。そのことを質問されたとき「私は行為者ではない。それはただ起こっただけ」だと答えた。

 

私がこれをやっているという意識がなければ、その行為はただの現象でしかない。そう言うと君はきっと「じゃあ仮に賢者が人を殺しても許されるってこと?」と思うかもしれない。

 

実際、その仮定には何の意味もない。賢者は自分と他人を区別しない。ただ「それ」だけがあることに気付いている。ゆえに賢者に殺される他人なんてものはそもそも存在しない。

 

加えて言うなら君が人を殺すようなこともない。なぜなら、誰かを殺す君なんてものはそもそも存在しないのだから。何も心配しなくていい。ただ思うままに生きればいい。

 

賢者タイムを迎えた僕が言うんだから間違いない。ふぅ。

 

●今日のこと

久々に素人ナンパモノで一発。まるで妖精のようだった。後に西田カリナと知る。ブログを書く。午後からMとお茶。デモページ修正の打ち合わせ。今回はどれくらい伝わってくれただろうか。夜執筆。

 

●小説

jb推敲の続き。定時制編入後のOについて。夜に書くパターンも案外悪くないかも。